「グリューワインを作りましょう?」
彼の誘いはいつも急で、独特だ。
グリューワインって何だろう。生まれて初めて聞いたが、「了解」とだけ返して彼の家へ向かう。私の家は2丁目、彼の家は1丁目である。
インターホンを押した後、毎回しばらく待たされる。
「いらっしゃい」
「いいかげん早く出てくれません?」
「ピンポン押してすぐ出たら、家が狭いってバレるでしょ」
彼は毎回そう答える。
幼稚園のときからなんとなく一緒だった彼とは、気づけば大学まで一緒で、いつもどちらから誘う訳でもなく一緒にいる。
彼はステンレスの小鍋にワインを沸かし始めた。
「で、グリューワインって何?」
「ワインを香辛料と煮詰めたやつ」
「なんで今それ作ろうと思ったの」
「飲みたくなったから」
ふつふつと沸くワインに、木の枝みたいなスパイスを次々と入れていく。
(彼がグリューワインを作るのは初めてだし、何かの本で読んだのだろうが、レシピは見ない。)材料も作り方も、レシピは俺の中にある、といった様子である。
「うん、いい香り」
何かに納得し、彼のタイミングで火を止め、マグカップにワインを注ぐ。
よくわからないアニメの絵がプリントされたマグカップは、いかにも彼チョイスという感じだ。
何かとこだわりがあるようでいて、そうでもないことが多い。
「耐熱の透明なグラスに入れたりすれば映えるのにい」
「中身は変わらないよ?」
「ふーん」
彼はたぶん本質を求めているのだろう。私はというと、雰囲気にこだわろうとしてしまう。
「また今度、ガレット・デ・ロワ作ってみない?」
「なにそれ」
「フランスでエピファニーの日に食べるとされている伝統菓子」
「分からないものを分からない単語で説明しないでよ」
少しの沈黙のあと、なんだかジワジワと笑いの波が押し寄せてきて、ひとり爆笑してしまう。
私が何にウケているのか分かってなさそうな彼も、つられて笑いだす。
ハァ~、と同じタイミングでワインに手を伸ばした。
「なんか」
「うん」
「俺って楽しそうに笑うよな」
「それ自分で言うことじゃないから」
しばしば、周りの人間は私と彼の関係に名前を付けたがるが、私たちはいわゆる恋人同士というわけではない。
そもそも、ひとが誰かとの繋がりに名前を付けたがるのは何故なのだろう。
血縁関係があるのが「家族」だとか、男女のあいだにのみ生まれるのが「恋愛」だとか。
私たちはいつも、集合して、 一緒に料理を作って、一緒に食べて、解散する。
そんなクセになる君との時間が、たまらなく好きなのだ。