“あかまる牛肉店が綴る、お肉にまつわるはなし”

ももにく

肉とエッセイ

今日は雨が降るから、母が迎えに来るという。家までのバス代は160円。
心の中でつぶやく。「ももにくの日だ」と。

放課後、部活を終えた私は、高校のすぐそばにある食堂に直行する。

「唐揚げひとつください」
「ももにく?」
「あ、はい、からあげ」
「ももにく?」
「…はい」
「160円」

その店の唐揚げは、1個が頬張れないほど大きい。衣はカリカリで尖っていて、熱々なのだ。
唐揚げにはたくさんのファンがいて、お昼時には建設業のいかついおじさんが若い茶髪のお兄さんを連れてやってくるし、晩御飯の前になると近所の主婦やお年寄りが歩いて買いに来る。

定食屋のおばちゃんは、その唐揚げを絶対に「唐揚げ」と呼ばない。
むね肉もささみも、手羽元もなく、もも肉だけを使って唐揚げにしているのに、どうしても「唐揚げ」とは呼ばず、「ももにく」と呼ぶ。

私は毎回「唐揚げください」と無駄に意地を張ってみる。しかし、おばちゃんこそ頑ななまでに「うちのルールに従ってもらうよ」と貫き通して、この静かなバトルには勝ったことがない。

ももにくは、真冬でも絶対に外で食べるのが私のルールだ。

校門の白い電灯の下で、口から湯気を出しながらももにくを食べる。
熱すぎて、毎回上顎が剥ける。勢いよく食べたことを少し後悔する。
でも、「ももにくの日」になると、上顎の痛みを忘れてまた食べたくなる。
大人になった今、コンビニで唐揚げを買っても、いちいち「ももにく?」と訂正してくるおばちゃんはいない。ちょうど良い温度で揚げられた唐揚げは、上顎も剥けない。

雨が降ると、ときどき近くの職場で働いている恋人から連絡が来て、一緒に帰ることがある。
会社の前で待つ私は、おばちゃんと「ももにく」のことを思い出す。